旅行・地域

2010年1月 2日 (土)

年末、こんな感じでした (2010年1月2日)

Beatlesの映画「Yellow Submarine」、何回見ても見飽きない。とうとうAmazonでDVDを注文してしまった。


クリスマス休暇と言っても、急遽決まってなだれのように始まった留学生活の中で休暇中の計画などできない。何しろあいさつ回りだと思って、クリスマス前にロンドンに行ったのが僕のイギリス旅行始め。バッキンガム宮殿、ウェストミンスター、国会議事堂の時計台に着くとちょうど三時でビッグベンが本当に三回鳴った。テムズ川べりを一人で歩くと本当にくつろぐ。重厚な建物を次々通り抜けていくとシティが見えてきて、その向こうにはタワーブリッジ。セントポール大聖堂がガランガラン鐘を鳴らしっぱなしにしてるからみんなと一緒に吸い込まれていくと、クリスマスキャロルが始まった。23,24とある一日目の方にちょうど当たったらしい。暖まって、その日は日帰り。

二回目は30日から。電車の切符の件で売り場スタッフと大喧嘩。とにもかくにも朝の暗いうちから部屋を出て、ケンブリッジに到着した。町のインフォメーションセンターに申し込んで、ガイドさんと一緒に町歩き。ガイドは地元のおばちゃんで、15人くらいのグループで和気あいあい。寒い中を教会から教会へと避難しながら受ける説明は楽しく、また重要な内容をたくさん含んでいた。トリニティカレッジの卒業生はニュートン、バイロン、クライストカレッジからはダーウィン。ぐうの音も出ない。最後に着いた教会の真裏にはキャベンディッシュ研究所があり、そこで核分裂実験が行われたり、DNAの構造が明らかにされたという。ガイドの後で行ってみた。本屋さんとかを見てから博物館をぐるぐる回り、夜のバスでオックスフォードへ。

ユースホステルで朝ごはん。今の学校の先生方への年賀状を書き終えてポストに投函してから、大学エリアに入った。例によってガイドツアーに申し込む。路上で説明があるのにメッチャクチャ寒いんで困った。おばちゃんが手袋をかたっぽ貸してくれた。うれしかったです。建物はさすがにすごかった。ラドクリフ・カメラっていう読書室が、猫バスみたいなトラ色のチェック柄とずんぐりむっくりな形で超いい感じ。ガイド終了後に2ポンド払って町の中心の古い塔に登るといい眺め。その時、寒すぎて空気中の水蒸気がその場で雪になってチラチラしてた。長いパンにたくさんツナがはさんであるのを買って町をぐるぐる回りながら食べ、ラドクリフ・カメラの前で食べ終わった。また博物館をじっくり見てから、帰りのバスに乗り込む。

チケットをよく見るとバスを乗り換えなきゃいけないらしい。ところがその乗り換え方がよくわからない。寒くて腹が減りすぎてて、バーガーキングに飛び込んでとにかく食べる。で、また探して、問い合わせの電話をかけたら携帯の電池が切れちゃって、色々聞きまくって走り回ったんだけどとうとう出発時刻が過ぎた。バスターミナルから電車の駅までは歩ける距離じゃないからタクシーを使わざるを得なかった。インフォメーションのお兄ちゃんは、多分俺がブチ切れすぎてたんで緊張したんでしょう、「5ポンドです」とか言うからカードで払って少し機嫌が直って、プラットフォームで切符を見直したら50ポンドって書いてあった。

マンチェスターに戻ると、年越しカウントダウンのためにみんなバーにたむろしてる。真冬にほとんど裸でうろうろしてるのにはいつもながらあきれる(実は好きなんだけど)。年越しそばはカルボナーラ。


今年は、さらに英語文化圏に染まろう。本と映画と音楽だ。

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2009年7月28日 (火)

これからの生き方(お遍路を通じて考えたこと) (2009年7月28日)

家に残っている食材をひたすら料理して食べまくりながら、これからの生き方を考えている。今、テレビを消した。



お遍路の最中に一日割いて松山市内を観光した。坂之上の雲ミュージアムで秋山中将という軍人が「あし(自分)は食うことを考えている」と言って無料で通える陸軍学校への進学を決めたエピソードに触れた。以前から知ってはいたが、歩いていろいろな生の生活と関わりあってからあらためて向き合い、今も反芻している。

亡くなった祖父は、自分の大学退学を残念がっていた。実は、お遍路の道々、祖父の供養をお寺でお祈りしていた。回り続けるうち、いつしか「俺は、俺だ。」という思いが湧いてきた。祖父の供養に一生をささげるのでもない、身勝手な願望を後ろめたさを抱えながら追い続けるのでもない、ただ、自分は自分なんだと思った。先祖供養や学業成就など忘れてさらにしばらく回っていると、お寺で手を合わせるときに「みんなが仲良く暮らせますように」と思うようになった。

最後のお寺、八十八番目に向かう道中でのこと。偶然が重なり、日が暮れてしまうので山道は通れないが車道を迂回してその日中にお寺に着こうと決心した。朝から歩き詰めで、手持ちの食料ではたどり着けないほど疲れて腹が減っていたが途中にお店がない。やっと見つけたタバコ屋さんで話し、そこでカップヌードルを買って食べていくことになった。お湯を入れてもらい、食べ終わってお店を覗くとおばあちゃんとお客のおじさんだけがいて、お母さんが奥でどたばた動いていた。自分は「ごちそうさま」と言って急いでそこを出た。おばあちゃんは笑ってるだけだった。歩き始めてから後悔した。状況からいっても、四国でならお接待と言って応援の意味で食べものなどをいただける可能性が高かった。心の中でそれを期待していた。おばあちゃんからの優しい言葉を待っていた。それがなかったので裏切られたと感じ、また自分から何か言うのは恥ずかしくて、俺はそこから逃げたのだ。自ら恵みを求めるべきだ。「何か食べ物を分けていただけませんでしょうか。」この一言を言えて初めて、自分の人生の幕が開くんだ。結果的にであれ、タバコ屋のおばあちゃんはそのことを俺に教えてくれた。



「みんなが仲良く暮らせますように。」「恵みを。」この二つを胸に、食べていく。供養の意味でも、祖父の家に残った食材で、帰って早々の今日もたくさん食べた。で、考える。これからどうやって、ご飯を食べていこうか。

友達に四国の話を報告しがてら、問わず語りに相談してみたい。

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お遍路に行ってきました (2009年7月28日)

四国お遍路を終え、帰りました。

それまでの自分から大きく踏み出して、全く別人になる。変わっていく自分を受け止めてくれる環境を求めて四国に行きました。

二年前に歩いた徳島県の最後、二十三番からスタート。まずは高知県の真ん中あたり、三十番まで。一旦帰ると、大学準備コースに参加できないことがわかり、TOEFLスコアも必要な点数に達していなかった。全てをぶっちぎって再び四国入り。途中で恩師から連絡をいただく。お会いいただけると先生のほうから強く言ってくださり、迷った末愛媛県入りした四十番のところで東京へ。直後、四国に戻って愛媛、香川を回り徳島の一番にたどり着く。フェリーで海を渡り高野山へお礼参りして、なんば経由で格安深夜バスに乗って今朝帰宅です。

一日四十キロは歩きました。二十七番の有名な急勾配を全力で登りきって色々なことが吹っ切れ、でっかい不動明王が安置された岩穴によじ登ってお参りしたり、愛媛と香川の県境で日が暮れ松山で入手したテントを張って仮眠したり、石鎚山で月明かりのなか次の鎖を探して岩のてっぺんをウロウロしたり。お遍路仲間や地元の方との出会いも本当に色々ありました。

色々ありすぎてすぐには書けないや。

 * * * * *

たまっていた手紙やメールに目を通し、別の大学の準備コースになら今からでも申し込めることがわかりました。あせらず、他の選択肢も十分検討して、身の振り方を考えます。

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2009年5月12日 (火)

旅行を終え日常に戻る(マンチェスター旅行の報告) (2009年5月12日)

マンチェスターへの旅行を終え、近く引越しを控えてはいるがそれまでの生活リズムに戻りました。自炊と運動を土台にして諸々計画・実行をこなしていく毎日です。


マンチェスターでは色々ありました。

深夜にユースホステル到着。朝、一緒の部屋の香港から来た人とおしゃべり。歩いて大学のキャンパスへ。それから町のビジターセンターで偶然会ったお母さん3人組とノリでマンチェスターユナイテッドのスタジアム見物へ。お昼ごはんまでご一緒して、激しく語り合った。宿に戻ると日本から来た人が同じ部屋にちょうど着いたところで、少し話してから二人で町へ繰り出す。ちなみに雨。風に雨が混じる中を歩き回ってスーパーで夕食を買って帰り宿で食べ、寝る。

二日目はミュージアムめぐり。まずマンチェスター大学のキャンパスを再確認してから大学博物館を見学。それから北に向かって歩き、運河沿いを行くと船とすれ違ったり。運河沿いの歩道が尽きたところから地上に上がるとART MUSEUMを発見。入ってじっくり見る。それから、移動のたびに気になっていた丸い建物に入る。そこは町の中央図書館だった。上を見て回ってから地下に降りるとそこにカフェが。お茶とベーグルサンドを注文。初めて一人で外でご飯、どきどきした。ご飯を済ませてから現代アートの美術館、「ユービス」に行く。見て回ってからガイドツアーに申し込み、スタッフの方に町を案内してもらう。宿に帰り、ユナイテッドファンの部屋の友人に誘われテレビで試合観戦。

ユースホステルの朝ごはんを食べながら部屋の友人と話。それから改めてユービス近辺を見に行きたくなり、回ってきてから今度は科学産業博物館へ。広い博物館で、内容もすばらしかった。大きな蒸気機関ももちろんすごいが、地下の坑道を模して作られた展示にはショックを受けた。その後、John Ryland図書館見学。ここは古くからあるマンチェスター大学の図書館。昼食を買って一旦宿に戻って食べてから、今回の旅のメインイベントである大学のキャンパスツアーに参加。

次の日、早めにユースホステルをチェックアウト。初めてバスに乗る。最初にユースホステルに来るときにタクシーを使い、後は徒歩で通してきたのだった。空港で遅めの朝ごはん、昼前の便でミュンヘンを経由して成田へ。


さっき作った里芋の煮物をおかずに小豆玄米ご飯を食べ、ジョギングで一汗かいてからこれを書いています。さてさて、もうそろそろ寝るとします。

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2009年5月 2日 (土)

明日マンチェスターへ出発 (2009年5月2日)

明日、マンチェスターへ出発します。
5月3日から5日間滞在し、8日の早朝に帰国予定です。

3日の深夜にマンチェスターのユースホステルに到着。ざっとしか計画していませんが、予定は以下の通りです。

まず4日は自分の目と足で重要な建物の場所と外観を確認します。回りながらマンチェスター大学のキャンパスの雰囲気も感じ取りたいです。
5日は、科学博物館など町のアトラクションを見学します。
6日は、予約してあるマンチェスター大学のキャンパスツアーに参加します。
7日お昼の便で帰国します。


今までの経緯はこうです。
もといた大学を退学となりました。
なにしろ生物学を勉強して論文をひとつ仕上げたい一心で色々手を尽くした結果、マンチェスター大学から英語力をもっと向上させることを条件に入学許可をもらうことができました。英語条件付入学許可といいます。これが、三月末のことでした。


今の悩みは、次の一歩を踏み出すのにものすごい時間がかかることです。こう日記に書いていると、あまりたいした悩みでもないんじゃないかという気がしてくるから不思議です。結構深刻に考え込んでいたはずなのですが

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